数字で見る山科の魅力 京都の洛南エリアに位置する山科区。「山科に住まう魅力とは?」その答えを求めて、山科区のスペックを分析。京都の中心地であり、「京に住む」憧れを一身に集める人気の都心「中京区」と比べてみました。

ゆったり暮らせる「山科」[土地面積、人口、人口密度で比べてみました]

山科区の方が約4倍も面積が広く、人口も多い。そして、人口密度は低い。人口が密集している中京区に比べ、山科区はゆったり暮らせる街といえるでしょう。

山科区

28.70k㎡

面積

中京区

7.41k㎡

135,091

人口

110,430

4,707人/k㎡

人口密度

14,903人/k㎡

※各数値は平成28年10月1日時点(京都市統計情報より)

落ち着いた街並みの「山科」[一戸建住宅と共同住宅の割合で比べてみました]

山科区は、一戸建住宅中心の街並みを形成。さらに平成26年着工の建物を見ると、中京区は共同住宅の割合が突出して高い。山科区は一戸建住宅と共同住宅のバランスが保たれた、落ち着いた住環境といえるでしょう。

山科区

  • 共同住宅41%
  • 一戸建57%
平成25年の街並み

中京区

  • 共同住宅64%
  • 一戸建34%

※平成25年10月1日時点(京都市統計情報より)

  • 共同住宅47%
  • 一戸建48%
平成26年に着工された新築建物
  • 共同住宅84%
  • 一戸建16%

※平成26年新設住宅着工状況(京都市統計情報より)

万一の際も心強い「山科」[各種病院の数で比べてみました]

かかりつけ医に便利な一般診療所は、京都の中心地である中京区に集中。山科区には一般診療所、病院に加え、救急告示病院も充実しており万一の際も安心の街といえるでしょう。

山科区

171施設

一般診療所 入院施設を有しない、又患者19人以下の入院施設を有する施設

中京区

217施設

9施設

病院 患者20人以上の入院患者を有する施設

10施設

7施設

救急告示病院 救急病院・急病診療所として告示された施設

5施設

※平成26年 医療施設状況(京都市統計情報より)

子育てにやさしい「山科」[幼稚園・保育所の数で比べてみました]

山科区、中京区ともに幼稚園・保育所が充実。さらに京都市は、保育所等の待機児童3年連続ゼロを達成。(平成28年4月時点)京都市そのものが、子育てにやさしい街といえるでしょう。

山科区

10施設

幼稚園

中京区

6施設

20施設

幼稚園

15施設

※平成26年5月1日時点(京都市統計情報より)

安心して暮らせる「山科」[刑法犯罪発生の認知件数で比べてみました]

観光・ビジネスの中心地であり、様々な人が行き交う京都中心地の中京区は、犯罪の認知件数も高い賑わいの都心から程よく距離を置いた山科区は、住みやすい街といえるでしょう。

山科区

1,413

発生認知件数

中京区

2,359

※平成26年度 刑法犯罪発生認知件数(京都市統計情報より)

通勤に便利な「山科」[交通アクセスで比べてみました]

JR、及び地下鉄「山科」駅から、京都の中心地へ乗り換えなし。中京区の住宅街エリアである二条城界隈からの通勤時間と比べても大きな差はなく、山科区は中京区と同等の交通利便性が手に入る街といえるでしょう。

山科区

山科駅より直通5分
JR京都駅へ

中京区

二条駅より直通5分
山科駅より直通11分
地下鉄東西線 京都市役所前駅へ
二条城前駅より直通3分

※交通所要時間は日中平常時のもので、時間帯により異なります。また、乗り換え・待ち時間は含まれておりません。
また、平成28年12月現在のもので、ダイヤ改正等により変更になる場合があります。

結論「山科」は穏やかな住環境と都心並みの利便性が魅力の住む京都。

三方が山に囲まれた、山紫水明な京都として知られる「山科」。自然の美しさはもちろん、「暮らしやすさで選ばれる」理由がこの街にはあります。

HISTORY さらに、歴史ある古都でもある「山科」。

古来より京都と大津を結ぶ交通の要衝として栄えた「山科」。飛鳥の頃より時代の表舞台に登場し、平安京よりも古い歴史を今に伝え続けています。

600 飛鳥時代

京都最古の天皇陵である「天智天皇 山科陵」。

第38代天智天皇は、大化改新の立役者として知られる「中大兄皇子」の後の名。日本で初めて、時計を作った人物といわれています。また山科の「御陵(みささぎ)」の地名は、山科陵に由来すると伝わります。

写真の出典:Shigeru-a24
飛鳥時代から、皇室と結びつきがあった「山科」。

中大兄皇子と共に大化改新を行い、朝廷の権力者となった中臣鎌足は、当時から交通の要衝であった山科に邸宅を建てたと伝えられています。山科は、飛鳥時代から皇室と深い縁で結ばれた地であったことが分かります。

1300年を超える、悠久の時が薫る三条通添い。

中臣鎌足の邸宅はどこにあったか。諸説あるなか、現在、三条通添いに立つ「山階寺跡」の石碑辺りにあったとする説が有力とされています。669年創建の山階寺は、世界遺産に登録される「興福寺」の前身としても知られています。

900 平安時代

世界三大美女「小野小町」が居を構えた地。

世界三大美女の一人にして、平安時代の女流歌人であった小野小町。山科は小野一族が栄えた地といわれており、小野小町ゆかりの寺として知られる「随心院」には「化粧の井戸」や「小町文塚」などの遺跡が残されています。

1700 江戸時代

忠臣蔵ゆかりの街として、語り継ぐ物語。

今尚、語り継がれる「忠臣蔵」の物語。その主人公である大石内蔵助は討入りまでの1年余り、山科に居を構えました。山科は赤穂義士ゆかりの街として、毎年12月に「山科義士まつり」を開催。勇壮な義士の行列が街を練り歩きます。

1700 大正時代

文豪・志賀直哉が愛した、山科の美しい自然。

大正期、山科に居を構えた志賀直哉。山科での経験を元に「山科の記憶」、「晩秋」などの作品が生まれました。邸宅跡の石碑には、「その清澄な文学のように、美しい山科の自然に囲まれた静かな住まいであった」と記されています。

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